1998年8月北関東・南東北豪雨災害調査報告

防災科学技術研究所

1998年8月26日から31日にかけて、北関東・南東北地方に集中した豪雨は各地で洪水災害、土砂災害を引き起こしました。防災科学技術研究所は9月1-2日にかけて現地に専門家を派遣し、調査概況をまとめましたので以下にその結果の概要を報告します。(一番下に 土砂災害写真集 があります)

<調査区域>

 栃木県北部の黒羽町、黒磯町、那須町、福島県南部の西郷村、大信村、白河市

1. 全体概況

 栃木県北部では那珂川支流の余笹川の流域を中心に洪水氾濫が、福島県南部の西郷村、大信村では表層崩壊が頻発している。

2. 降雨状況

 8月26日からの豪雨は関東から北海道まで広い範囲に降り、各地で水害が発生した。特に、栃木県北部から福島県南部にかけては、那珂川、阿武隈川上流域に2日間で約800mmという記録的な豪雨(那須町)が降り、急増した河川水が氾濫し、甚大な被害をもたらした。

3.洪水災害

 主な被害は、那珂川流域では、豪雨域となった支川の余笹川の氾濫によるものと、上流部の豪雨により増水した那珂川下流部での氾濫被害とに分けられる。那珂川流域での死者、家屋の流失、全半壊等はほとんどが余笹川流域で発生した。

 一方、福島県側の阿武隈川流域では、支川堀川との合流部(白河市)での堤防の決壊による氾濫などの被害が発生した。

・今回の調査では、余笹川流域を中心に被害状況を概査したが、その特徴は次の通りである。

(a) 被害は、那須火山の南東に広がる高久丘陵を開析して流れる余笹川の谷底低地に集中し、上流から下流まで分布する。 普段の余笹川の川幅は10〜20mであり。河道形状は掘込みで蛇行を繰り返しながら広い谷底低地を流れ下っている。谷底低地全体が余笹川の氾濫原でもある。今回の大洪水では、流路が氾濫原にまで広がり(川幅100〜130m)、そこを大量の水と土砂が流下したと考えられる。

(b) 直進性をもつ洪水は、河岸を激しく洗掘あるいは溢水し、流下したものと思われる。水衝部に位置する多くの河岸が破壊され、そこから氾濫が発生し、洪水の流路に位置した家屋が破壊された。

(c) 洪水後の氾濫地域における多量の土砂の堆積や河床の上昇の様子から、洪水時に多量の土砂流出があったものと推測される。

(d) 橋梁被害も多数発生し、各地で交通が遮断された。その中には、幹線である国道4号の余笹橋も含まれている。

4.土砂災害

a. 分布

 土砂災害は福島県西郷村及び大信村など福島県南部地域に特に多く発生している。

b. 種類と規模

 土砂災害は主として崩壊深が1-2m以内の表層崩壊である。その規模は幅約10m-20m、斜面長が約10-40mとそれほど大きくない。代表的なものは凝灰岩層の上に堆積している風化層が崩壊するタイプである

c. 表層崩壊の特徴

 10数度の緩やかな勾配の斜面でも崩壊しているケースが有り、調査時点でも崩壊源から多量の水がしみだしていたことから、豪雨により土層内の間隙水圧が高まって不安定化したものと推測される。また、到達距離の比較的長い崩壊が多く見られた。

d. 太陽の国の救護施設「からまつ荘」の土砂災害

 死者5名を出した太陽の国「からまつ荘」の土砂災害は、施設背後の凹地形を呈する緩斜面(約10°)上部で表層崩壊(150m上流)とやや深い崩壊(100m上流)の2つが発生し、その土砂がこの斜面を長距離を流れ下ったことによる。

 流送域には、葉っぱが削り取られ、茎だけになったササが流下方向に倒されていた。その形態から、崩壊土砂は表面を滑るように蛇行しながら流下していったと推定される。

5.所感

 今回のような記録的な豪雨がもたらす洪水災害の被害を軽減するためのよりよい方策を検討する必要があろう。特に、大事と思われる点を次に示す。

1)100〜200年の洪水を考慮した中小河川の氾濫原の有効利用

2)中小河川はその数が多く、また、改修が遅れているところが多いにもかかわらず、河川の危険度を知らせる雨量・水位の観測施設が少ない。こうした状況の中で、中小河川を対象に記録的な豪雨に対してどのような情報が有効か考えていく必要がある。

<福島豪雨−土砂災害写真集>

被災したからまつ荘(山側)

からまつ荘の背後の土砂流送域

上流側からみた流送路(からまつ荘)

流送路上の下草の笹が倒れている(からまつ荘)

白河市の崩壊

西郷村の崩壊

西郷村の崩壊(からまつ荘近く)

大信村赤仁田地区の崩壊