第1部 13時25分〜14時25分 最新研究成果紹介

ノイズデータがお宝になる。 ノイズデータがお宝になる。

お茶を飲むとき、まずお茶の葉っぱを急須に入れ、お湯を注いでしばらく待ち、湯呑に入れて飲むと思います。これは、お茶の葉っぱに含まれている成分の中で、お湯に溶けるものだけを飲むからです。
科学者も、データを扱う時には同じような作業をしています。データを分析するにあたって、データには必ず「ノイズ」(いらない情報)が含まれていますので、これを取り除く必要があります。お茶の葉っぱをデータに例えるなら、茶殻の部分を捨てないと、自分が欲しい情報がはっきり見えないというわけです。
ところが「ノイズ」と思って捨てていたデータの中に、意外にも科学的に重要な知見が含まれていることが分かってきました。今回の発表では、防災科研の研究成果の中で、それに該当する3件をご紹介します。まず「MOWLASによるスロー地震の発見」は、ノイズの中に、従来知られていなかった「スロー地震」が埋もれていたというお話です。次の「Hi-netノイズデータが洪水発生を知らせる」では、川の流れに伴う地面の揺れがノイズの中に含まれており、将来、それを使った洪水予報が可能になるかも知れないという研究です。3つめの「地震波ノイズで火山の異常を検知」では、ノイズを加工することにより、火山の地下構造の変化が監視できるようになったという成果です。
「ノイズは除去すべきもの」と思い込んでいた研究者にとっては、これらの研究成果は大きな衝撃でした。のみならず、これまで捨てていたデータを使うわけですから、新たな観測をする費用がかからないというメリットもあります。これらの研究がさらに発展し、防災科学技術のブレークスルーになっていくことが期待されています。 

第1部プレゼンター
水・土砂防災研究部門 部門長

三隅 良平

博士(理学) 専門分野:気象学
1992年名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程満期退学。1992年防災科学技術研究所に入所後、英国水文学研究所(科学技術庁長期在外研究員)、文部科学省開発企画課などを経て、2016年より現職。著書に「気象災害を科学する」(ベレ出版)、「雨はどのような一生を送るのか」(ベレ出版)などがある。

講演1「MOWLASによるスロー地震の発見」

MOWLASは日本全国に張り巡らされた、防災科研の地震・津波・火山の観測網です。この観測データにより、地震や津波、火山活動などの災害を把握し対策を取る上での重要な情報を、即時に得ることができるようになりました。一方で、地震計の記録は当初想像もしていなかったような現象を捉えることがあります。地震観測機器が正常に動いていることを確認するため、高密度に配置されたHi-netの地震波形を並べて表示し確認していたところ、ノイズと思われていた波形の中に偶然スロー地震が見つかりました。この、東海地方から紀伊半島,四国にかけて発生するスロー地震(微動)の発見は、科学的に大きな意義あるものとなりました。現在では日本にとどまらず世界各地でスロー地震が発見され研究が進み、スロー地震は通常の地震とくらべてゆっくりと断層がすべる現象であることや、主にプレート境界の大地震発生域の周辺でみられることが明らかになりました。近年では、S-netの整備により東北地方太平洋沖で発生するスロー地震の姿が明らかとなり、大地震との関係についてさらに理解が進みつつあります。ここではスロー地震のうちMOWLASの地震計で捉えられた微動と超低周波地震を中心に、その発見から現在の観測状況についてご紹介します。

第1部講演1説明図

松澤 孝紀

地震津波火山ネットワークセンター
主任研究員

博士(理学) 専門分野:地震学
2005年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2007年に防災科学技術研究所入所。
2012年9月より現職。現在は、地震津波火山ネットワークセンターにおいて研究開発および観測網運用業務に従事。地震津波防災研究部門、南海トラフ海底地震津波観測網整備推進本部、地震津波火山ネットワークセンター高感度地震観測管理室を兼務。

講演2「Hi-netノイズデータが洪水発生を知らせる」

地震計では、地震だけではなく、地すべりや海洋波浪などの自然現象や、交通や工事などの社会活動により生じる振動(ノイズ)も記録されます。川の流れが起こす振動もその一つで、流量が増えるほど地震計で強い振動が記録されます。特に上流域では、川の傾斜が急で流れが速いため、強い振動が観測される傾向があります。この性質を利用すれば、地震計のノイズ記録から上流域での川の状況を把握し、洪水の発生を知ることができると考えられます。講演では、地震計のノイズ記録を用いて洪水発生を知るために現在取り組んでいる研究についてご紹介します。

第1部講演2説明図

澤崎 郁

地震津波火山ネットワークセンター
特別研究員

博士(理学) 専門分野:地震学、固体地球物理学
2010年東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2013年防災科学技術研究所入所。地震計記録を用いた地下構造変化のモニタリング、大地震直後の余震活動の早期予測、非地震性の振動検出等の研究に従事。地震津波防災研究部門を兼務。

Shakti P.C.

水・土砂防災研究部門
特別研究員

博士(理学) 専門分野:水文学、気象学
2013年に防災科学技術研究所入所。レーダーベースの定量的降水量推定(QPE)とナウキャストのアンサンブル降水量に関する研究に従事。近年は、マルチセンシング観測に基づく水災害予測技術の開発に注力。その他の様々なプロジェクトにも精力的に取組んでいる。

講演3「地震波ノイズで火山の異常を検知」

近年、2点の観測点で記録された地震波ノイズから2観測点間を伝わる擬似的な地震波を生成する「地震波干渉法」という手法が、地下構造の異常を監視するための有効なツールとして注目されています。私たちは、世界中のあらゆる場所で常に記録されているという地震波ノイズの利点を活かし、地震波干渉法を用いて日本国内の50火山の地下構造を毎日監視しています。
地震波速度や地震波形の時間変化といった地下構造の変化を反映する項目を監視していたところ、いくつかの火山において火山活動に関連すると思われる変化を捉えることに成功しました。例えば、鹿児島県の諏訪之瀬島という火山島では、2020年12月の噴火回数の急増に1週間ほど先行して地下でのマグマの移動により生じたと思われる地震波形の顕著な変化が捉えられました。同様の変化がその後も繰り返し捉えられました。また2021年10月の阿蘇山の噴火では、火口に近い場所で地震波速度が大きく変化している様子を捉えることに成功しました。本発表ではこれらの結果について、他の観測項目との比較も交えつつより詳しく紹介します。

第1部講演3説明図

廣瀬 郁

火山研究推進センター
特別研究員

博士(理学) 専門分野:地震学、火山物理学
2019年9月東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 博士後期課程修了。
2019年10月に防災科学技術研究所入所。火山研究推進センターにて火山観測データ一元化共有システム(JVDNシステム)の開発に従事。博士課程在学時から、地震波ノイズを利用した火山活動や大地震に伴う地下構造変化のイメージング、地震波ノイズによる地震波減衰構造の推定手法の開発などに取り組んでいる。