従来、災害の予防というと、施設設備を強くする(モノで守る)という意味合いで捉えられることが多かったのですが、国難級の災害を想定した場合、それだけで被害を防ぐことはできません。人々の適切な行動と結びついて初めて、真の意味での「予防」となりえるのではないでしょうか。
第3部では広い意味での「災害リスク低減」に関する防災科研の3つの研究について発表をいたします。まず地震減災実験研究部門の田端副部門長からは、構造物の耐震性向上に関わる「究極の検証」手段である実大三次元震動破壊実験施設(E-ディフェンス)で行われている研究の最前線についてお話しします。次いで災害過程研究部門の永松部門長からは、南海トラフ地震で想定される津波に対して、事業者と共創した津波避難計画策定過程から見えてきたレジリエンス向上に対する課題、防災科学技術の可能性について発表を行います。最後に雪氷防災研究部門の山口総括主任研究員からは、これからの観光産業の担い手となるニセコスキーリゾートにおける雪崩事故防止についての研究を通して科学的な情報をどう人間行動につなげていくかについての課題について発表します。
その後のパネルディスカッションにおいては、国難級災害の危険性が高まるなか、災害を国難にせず乗り越えていくために、われわれはどう行動することができるのか、そのために必要なものは何か、防災科研はそのために何をしようとしているのかなどについて、議論を深めてまいります。真にレジリエントな社会を築くため、一緒に考えていきましょう。
講演1「E-ディフェンスが見せる『モノで守る』技術の確かさ」
私たちの社会に大きな影響を及ぼした阪神・淡路大震災では、平成7年(1995年)兵庫県南部地震の激しい揺れにより建物やインフラなど多数の構造物へ未曽有の被害をもたらしました。この震災を契機に、将来起こり得る巨大地震への備えとして構造物の破壊過程を解明する実証的な研究が求められるなか、実物大の構造物を三次元の地震の揺れにより破壊することができる実験施設として「E-ディフェンス」は2005年に運用を開始しました。E-ディフェンスでは、地震の揺れをリアルに再現する「震動台」に載せた構造物を壊れるまで揺することができます。E-ディフェンスの実験で建物の構造から室内までまるごと様子を観察することにより、地震被害や破壊メカニズム、対策技術の確かさをきちんと実証することができます。
防災科研では、E-ディフェンスを活用して建物などの破壊過程の解明や耐震性向上、機能維持、事業継続につながる対策技術、シミュレーション技術の研究開発に取り組んでいます。当初の目的である構造物の破壊過程を解明するため、実物大の木造住宅や鉄筋コンクリート造建物などの実験を行い、破壊に至る時々刻々の動きを多数の計測センサやビデオカメラで詳細に記録しました。計測データや映像を基に破壊過程を分析するとともに評価手法や補強技術の確かさを実証しました。映像はリアリティのある素材として、防災・減災意識の啓発に利用されています。次に構造物の耐震性向上に資する技術として免震・制震技術の実証実験や、機能維持・事業継続を確かなものにするための住居やオフィス、病院などの室内の耐震対策の実証実験も行いました。これらの実績を踏まえて、近年では新たな設計法の提案や非構造部材の耐震技術の実証を、10階建て建物のE-ディフェンス実験により取り組んでいます。また、プライオリティの高い対象を巨大地震から必ず守るため、浮揚免震技術の研究開発にも取り組んでいます。
本報告では、このようなE-ディフェンスを活用した実験研究について紹介するとともに、建物を含む私たちの社会を巨大地震災害から守るためのさらなる展開など、次の一手として取り組みたい課題についてお話しします。
専門分野:地盤工学、地震工学
2004年カリフォルニア大学ロサンゼルス校にてPh.D.を取得。横浜国立大学工学部建設学科助手、株式会社東洋設計主任を経て、2005年に防災科学技術研究所入所。主任研究員、内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(地方・訓練担当)付参事官補佐を経て2020年12月より現職。
講演2「事業者と共創する津波避難計画:尼崎鉄工団地での実践」
尼崎鉄工団地は大阪湾岸に位置する工業団地で、中小製造業ら24社が立地しています。南海トラフ巨大地震では、沿岸部に最大4メートルの津波が117分で到達し、最大で3メートルほどの浸水が想定されています。加えて、鉄工団地の位置する地域は、117分以内に十分安全だと考えられる内陸への移動は困難な「津波避難要注意地域」に指定されています。
万が一、業務時間内にこうした巨大地震が発生した場合、従業員らはどのように命を守ればいいのでしょうか。少ない従業員数でやりくりをしている中小企業は、こうした問題を考えるための時間的余裕も能力も限られており、十分な検討がなされていませんでした。そこで、防災科研が開発するインタラクティブなWEBツールであるYou@Riskを用いて、具体的な避難行動計画に向けた検討や避難訓練を鉄工団地協同組合と行いました。本報告では、そこで見えてきたレジリエンス向上に対する課題と、防災科学技術の可能性について報告します。
永松 伸吾
災害過程研究部門 部門長/
関西大学社会安全学部 教授
専門分野:防災・減災政策、災害経済学
2001年大阪大学にて博士(国際公共政策)取得。
大阪大学助手、人と防災未来センター、防災科学技術研究所を経て、2010年より関西大学社会安全学部・大学院社会安全研究科准教授、2015年より同教授。2019年4月より関西大学とのクロスアポイントメントにより現職。
講演3「地方自治体との共創に基づく地域の魅力向上への取り組み
― 国際スキーリゾート・ニセコにおける雪崩事故防止に資する情報プロダクツの創出 ―」
日本の国土の半分以上は雪国です。極端な大雪は災害を引き起こしますが、地元自治体にとって雪は冬季観光の目玉であり、地域経済の要となっています。ニセコ地域は国内外からのバックカントリースキー客が訪れる国際的なスキーリゾートです。その人気を支えているのが、「スキー場が雪崩発生危険度に応じてコース外に出られるゲートを開閉することで、滑走の自由と最低限の安全規制を両立させながらバックカントリースキーを許可する」というきわめて斬新な「ニセコルール」です。この「ニセコルール」により安全性が高まり、国内外からより多くのスキー客等を呼び込むこととなりましたが、近年ゲート開閉に科学的根拠を求める声が増加するとともに、ニセコルールを継続的に運用する人材育成が課題となっています。防災科学技術研究所では、そのような自治体からの要望に応えるべく、ゲート開閉の情報発信を行っている地元の有識者の経験則の裏にある科学的思考を見える化し、判断に必要な情報を共有することでスキー場関係者などが科学的裏付けに基づき雪崩の危険性を判断できるようにし、ニセコルールの高度化・継続的な運用の確立に貢献することでニセコエリアの魅力の向上を目指しています。
博士(地球環境学) 専門分野:雪氷学
2002年防災科学技術研究所入所。2020年より現職。入所当初から雪崩の予測に関する研究に従事。10年以上にわたりニセコにおいて地域と組んだ雪崩に関する研究を実施。