日時: 2005年3月11日(金) 場所: 防災科学技術研究所長岡雪氷防災研究所大会議室 (新潟県長岡市栖吉町) 2004/2005冬季、新潟県は19年ぶりの大雪となった。この大雪は昨年の中越地震被災地を直撃し、積雪荷重による家屋の倒壊は2月中にわかっただけで100棟を越え、雪崩による死者も発生した。積雪による被害は交通、家屋、融雪洪水等々長い期間に多方面に現れるが、そのもととなる積雪はメソスケール(数km〜数百km)の降雪の集中によってもたらされる。 現在のメソ気象モデルでは、降雪雲の特徴的な構造は比較的よく再現すると言われている。その一方、雪雲の位置や大雪の時の降雪量は予測が難しい。0℃付近の降水は気温が1〜2℃異なるとその特性が著しく変化するが、山地のある陸上でそれを正確に予測するためにもまだ多くの課題がある。 最近、様々な新しい観測手法を用いた降雪過程の解明が行われてきている。これは事例解析の積み重ねによる現象の解明のみならず、観測データと数値計算を組み合わせた予測手法の発展についても期待の持てる状況にあると言える。 このような現状認識に基づき、ワークショップ「降雪に関するレーダーと数値モデルによる研究(第3回)」が2005年3月11日に防災科学技術研究所長岡雪氷防災研究所大会議室において開催された(図1)。講演には降雪粒子からレーダー観測、衛星観測、シミュレーション、素過程の数値実験などにわたる話題を集めた。また豪雪と同じ降水による気象災害として、昨年の豪雨についての話題も提供された。 講演者に加えて新潟県内を始め東京、福井などから合計37名の参加者があり、充実した議論を行うことができた。プログラムは次の通りである。
プログラム: 開会 09:30 − 09:40 主催者挨拶 佐藤篤司(防災科学技術研究所 雪氷防災研究部門長) 09:40 − 09:50 主旨説明 中井専人(防災科学技術研究所 雪氷防災研究部門) セッション1 新しい観測、実験手法 09:50 − 10:20 全球降水観測計画(GPM)における降雪の地上検証について 佐藤晋介(情報通信研究機構 電磁波計測部門) 10:20 − 10:50 山岳性降雪雲のメカニズムと降雪分布 村上正隆(気象研究所 物理気象研究部) 10:50 − 11:20 北陸地域における冬季雷の傾向と落雷発生環境 藤沢仰(富山大学大学院 理工学研究科) 11:20 − 11:50 雪氷災害発生と降雪粒子 −長岡における降雪粒子とその自動判別手法について− 石坂雅昭(防災科学技術研究所 雪氷防災研究部門) 昼食 11:50 − 13:00 セッション2 数値実験と降雪の予測可能性 13:00 − 13:30 下層収束と降水強化 三隅良平(防災科学技術研究所 防災基盤科学技術研究部門) 13:30 − 14:00 新潟・福島豪雨,福井豪雨の高分解能雲解像モデルによる予測と今後の課題 加藤輝之(気象研究所 予報研究部) 14:00 − 14:30 高分解能雲解像によって分かった日本海寒帯気団収束帯の構造 加藤輝之・永戸久喜(気象研究所 予報研究部) 休憩 14:30 − 14:50 14:50 − 15:20 シアライン上に発生する渦列状降雪雲の数値実験 川島正行(北海道大学 低温科学研究所) 15:20 − 15:50 陸上降雪過程とその予測に関する問題点 中井専人(防災科学技術研究所 雪氷防災研究部門) 総合討論 15:50 − 16:00 以下、講演と議論の内容について概略を述べる。 情報通信研究機構降水レーダグループの佐藤主任研究員の講演は、『全球降水観測計画(Global Precipitation Measurement: GPM)』についてであった。GPMは衛星搭載のレーダーによる降水観測として、初めて中高緯度の降雪を対象に含めた計画である。降雪量を正確に求めるためには粒子の落下速度、粒径、密度等の分布を知らねばならない。そのために不可欠である地上検証において、積雪地域にある研究・教育機関との連携への期待を表明した。 気象研究所物理気象研究部の村上室長は山岳性降雪雲について観測とモデル実験による研究結果を述べた。まず、山岳上では海上より大気は安定であり、山脈風下では流れの場に大きな変動のないことを示した。一方、雲水と上昇流は山脈風上にピークが出るが、風が強くなると降水ピークが山脈に近づくこと、山間の谷間が弱風域となり季節風がその上を滑昇することなどを示した。また、このような雲水ピークの位置を再現するためには高解像度モデルが必要なことを指摘した。 富山大学の藤沢氏は北陸における落雷の統計と安定度との関係について発表した。石川県沿岸地域と新潟県南部沿岸地域が落雷の頻発域であること、頻度の日変化の状況が月ごとに異なること、環境場について落雷日と非落雷日のコンポジットを取ると非落雷日の方が対流混合層が厚く、不安定度も高いことを述べた。 防災科学技術研究所雪氷防災研究部門の石坂総括主任研究員は、長岡雪氷防災研究所降雪粒子観測施設における観測手法とその成果について述べた。降雪粒子の観測は粒径と落下速度の自動認識、及び人手による実体顕微鏡観測の2種類が同時に行われており、粒径−落下速度ダイアグラム上の分布によって降雪種(降雪粒子の種類)が識別できるところまで来ている。さらに、降雪モードと降雪種との対応付け、降雪予測モデルの検証、また霰による積雪の弱層形成といった雲物理過程に基づく災害情報などについて解説を行った。 防災科学技術研究所防災基盤科学技術研究部門の三隅主任研究員は、2004年7月13日の新潟県の豪雨について調査結果を述べた後、軸対称モデルを用いた数値実験により下層収束の重要性を説明した。前半では現地調査写真に加え、栃尾の積算降水量が400mmを越えたことなどを述べ、後半では下層収束の強化に比例して降水量の強化が表れることを数値的に示した。 気象研究所予報研究部の加藤主任研究官は2件の講演を行った。1件目は新潟・福島豪雨と福井豪雨についてであった。新潟・福島豪雨では950hPaの高相当温位気塊と400hPaの低相当温位気塊によって潜在不安定が作られたが後者は“冷たい空気”ではなく断熱昇温によるdry warmな気塊であること、また線状降水による豪雨を再現するためには1.5km程度の分解能が必要なことを述べた。また福井豪雨で予報が良くなかった点については、つきつめると海上観測がないため初期値の風に問題があったことを明らかにした。これはデータ同化によっても解決されず、大気下層の風の場を正確に得ることに課題があると指摘した。 2件目の講演は地球シミュレータを用いた日本海上の雪雲の再現実験についてであった。分解能1kmの実験では衛星画像と見まごうほどの似た形の雪雲が再現されており、これに基づいて最近議論になっている日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)東側のTモードの雪雲の構造について述べた。そのTモードの雪雲は基本的には対流であり、霰が卓越することを合理的に説明できるが、上空にはAnvil状の層状域が存在した。サブトピックとして冬季の山岳降水の予測精度についても述べ、降水量についてはレーダーアメダス<NHM<RSMであり、RSMに比べてNHMではバイアススコアの良くなったことを示した。 北海道大学低温科学研究所の川島博士は日本海上でしばしば見られる渦列状擾乱について、理想化した数値実験による研究結果を述べた。特に鉛直流の強制メカニズムについて、水平シアー場で形成された変形場において下層高圧域が形成され、上向き気圧傾度力により上昇流が形成されることを示した。また、感度実験の結果から、水平シアーが大きいと渦の融合、拡大成長が促進され、ひいては降水の集中化をもたらすこと、温度傾度が大きいと収束が強くなり渦の融合、拡大成長は逆に抑制されることを示した。 最後に、防災科学技術研究所雪氷防災研究部門の中井が、2005年1月から2月にかけての大雪の降り方を簡潔に示した後、総合討論を兼ねて陸上降雪過程の予測に関する問題点を述べた。大雪は総観規模で見れば強い上空寒気の停滞が原因となるが、降雪量の特に大きい地域はそれほど広くなく、雪雲の組織化から降雪の集中までの様々なメカニズム、特に地表面過程、雲物理過程、陸地の効果を明らかにすることが予測のために必要である。そのためには格子サイズ2km以下のモデルによる実験及び観測データ利用手法の開発が必要であることを指摘した。 昼休みには時間の限られた中、長岡雪氷防災研究所降雪粒子観測施設の見学なども行われ、内容の濃いワークショップとなった。 |