我が国は、大規模地震・津波、火山災害、気候変動により激甚化する風水害等、様々な自然災害に関する国家的リスクを抱えています。特に、南海トラフ地震や首都直下地震の発生が切迫していると言われているように、我が国の十分なレジリエンス確保に向けて、様々な事前の対策が必要です。しかし、大規模かつ広域な自然災害が発生した場合、被害を完全に防ぐことは困難です。そのため、災害が起きた際に、被害の拡大を軽減し、早い復旧へつなげるために、どのような対応をするべきか考えておくことも重要です。特に、災害が発生した際に必要となるのは、災害が起きている場所の被災状況をいち早く知ることです。被災状況を正確にいち早く知ることができれば、適切な災害対応(避難や緊急活動)へつなげることができます。
大規模な自然災害は広い範囲に影響が及んでいると考えられます。つまり、「鳥の目」のように空から俯瞰できれば、被災状況の全体像を知ることができるはずです。私たちは、その鳥の目として、地球を規則的に周回している人工衛星により観測・撮影されたデータの活用に着目します。人工衛星を使うことで、数十キロ四方という広い地域をカバーできます。最近では数多くの人工衛星が打ち上がっています。さらに、人間が見たものと同じようなカメラで撮影するだけでなく、雲を透過することが可能な電磁波を使って、天気や昼夜を問わず観測・撮影できる人工衛星も打ち上がっています。
人工衛星からのデータを活用し、被災状況を表す情報をいち早く抽出し、そこから今後起こり得る事態を予測することができれば、災害対応(避難や緊急活動)のイノベーションにつながる可能性があります。そのための研究開発として、防災科研が代表となって総勢21の共同研究機関と共に「衛星データ等即時共有システムと被災状況解析・予測技術の開発」を提案し、採択されました。
人工衛星により観測・撮影したデータを災害対応へ活用するために、5つのステップを踏まえる必要があると考えています。それは、①Trigger、②Select、③Process、④Deliver、⑤Shareです。
衛星観測を行うにあたって、「いつ」「どこ」を観測すべきか、という情報が無ければ、適切な観測につながりません。そこで、①Trigger(トリガー)のステップが重要です。既存の様々な観測情報や災害情報を活用して、観測すべき場所とタイミングを提案し、衛星観測にGoサインを出すトリガー情報を生成する技術を開発しています(トリガリングシステム)。
次に、いち早く観測するためには適切な衛星を選択し、観測を速やかに依頼できる必要があります。そこで、②Select(選択)というステップが重要です。衛星の軌道情報等から、最適な衛星を選択し、撮影を依頼するための技術を開発しています(衛星セレクターシステム)。さらに、災害発生後は、衛星だけでなく航空機やドローンによる観測・撮影も実施されます。それらの観測・撮影状況を一元的に管理する技術を開発しています(セレクターマネジメントシステム)。
さらに、様々な種類の衛星等による観測・撮影データを一元化できるとともに、それらのデータから被災状況を表す情報が抽出できる必要があります。そこで、③Process(処理)というステップが重要です。衛星が観測・撮影したデータを一元化し、それとほぼ同時に解析処理により情報の抽出が容易に行える情報プラットフォームを開発しています(リモートセンシングデータ提供プラットフォーム)。そして、衛星データや被災状況を抽出した結果を、地理空間情報として使いやすい形式で④Deliver(提供)することが必要となります。これらのステップを経て、政府、災害時情報集約支援チーム(ISUT)、地方自治体等、緊急活動を行う方々にデータが⑤Share(共有)されることで、はじめて衛星データが災害時に本当に利活用されると考えています。
衛星データから被災状況を抽出する技術については、1シーンのデータのみにとどまらず、複数の時系列データを組み合わせた新しい解析技術の開発や、AI等の最新の情報技術を活用しつつ、抽出精度をより高める解析技術の開発を行っています。
さらに、衛星データはある時点のスナップショットですので、時系列で将来予測を行うシミュレーション技術と組み合わせることで、数時間先の状況の予測が精度よく行える可能性があります。それによって、先を見越した的確な災害対応につながります。そこで、洪水による浸水、火山災害(降灰、火砕流、溶岩流)、火災延焼という具体的なテーマを設定し、技術開発を行っています。
防災科研は、平成30年7月豪雨において前述のISUTの一員として情報支援活動を行いました。その際に、「被災現場の被害状況が広域にわかる写真はありませんか?」というニーズが数多く寄せられました。現状では、衛星データは災害対応を行う現場にまだ十分に届いておらず、そのような状態を打開したいと考えています。SIPを通じて、単に技術開発を実施するだけにとどまらず、技術が実際に社会的に運用され、災害対応を行う機関が活用できる仕組みを作っていくことが必要であり、そのための取り組みも積極的に進めていきます。
ろくがわ・しゅういち
1983 年東京大学大学院工学研究科修了、博士(工学)。日本アイ・ビー・エム (株)(現東京基礎研究所)を経て、1985年11月より東京大学で教鞭を執る。 2020年4月より防災科研研究統括。物理探査工学、宇宙リモートセンシングの研究に従事しており、近年は合成開口レーダによるインターフェロメトリ技術の資源・防災分野での応用研究に精力的に取り組んできた。