海底地震計の「ノイズ」データから推定されたナガスクジラの時空間分布地震津波火山ネットワークセンター/地震津波防災研究部門 中村 武史2020.2.13 令和元年度 成果発表会■海底に設置された地震計データからナガスクジラの鳴音を多数検出■釧路・青森・三陸沖で冬季に集中し、海溝軸付近でも見られる■海域固有のシグナルに対する理解進展や海洋生物の生態解明へ海底に設置された地震計データは、船舶の航行や海洋生物活動など、陸上では見られない、海域固有のシグナルを捉えることがある。これらのシグナルは、地震波を検出するための「ノイズ」となり、地震の震源や規模推定など、地震波解析を行う上で誤差要因となりうる。このため、海域固有のシグナルの性状を把握することは、海域で発生した地震活動を精度良く推定するために必要な品質調査である。本研究では、2017年に本格運用が始まった日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の海底地震計データからナガスクジラによるものと思われる鳴音のシグナルを多数検出し、検出位置や時期について特徴的な傾向を見出したので、その結果と今後の展開について発表する。S-netの海底地震計データを調査したところ、14–20Hz付近の狭い周波数帯において、1~数秒程度の継続時間を持ち、数10秒の一定間隔で繰り返し出現するシグナルを見出した。地震波形と明らかに異なる特徴を示し、地震波解析に対して「ノイズ」となるこのシグナルの波源は、国内外の先行研究によるハイドロフォン等の波形の特徴との比較や、釧路沖での目視調査結果との対応から、ナガスクジラの鳴音に伴うものであると考えられる。S-net全150観測点のデータを使って総合的に解析した結果、シグナル波源は釧路から三陸沖で冬季に集中していることが分かった。また、海溝軸より沖合側(アウターライズ域)でもシグナルが検出された。シグナルが多数見られる観測点位置は、12月から1月の釧路~青森沖の観測点、その後4月までにかけて青森~三陸沖の観測点であり、冬季の間に南西側に移動している様子を見ることができた(図)。釧路沖の観測点について、複数年にわたるデータを調べたところ、夏季にはシグナルがほとんどなく、秋季に出現し、冬季に頻出するパターンが毎年繰り返し発生していることも分かった。さらに、各観測点の水平成分振幅の解析から、シグナル波源が分単位で移動している様子を捉えることもできた。(図) 2018年の1年間に検出された、各観測点のシグナル数の時空間分布地震波の検出や読み取り解析の際、地震波のシグナルと鳴音シグナルとを混同する危険性がある。このような問題を避けるため、本研究で示した、特定の期間・場所に鳴音シグナルが集中することを周知するとともに、今後はリアルタイムでシグナルを自動検出するシステムを開発し、検出結果について地震波解析業務に携わる関係者と共有することで、解析の高精度化や地震活動の高精度なモニタリングに貢献したい。また、これまでの鯨類の回遊経路等の生態研究は、目視調査や船舶に付けたハイドロフォン、数点規模の海底地震計データに基づくものが多く、調査期間や範囲が限定されていた。広域かつ長期間の定点観測点のデータ解析を特色とする本研究結果や今後開発予定のシステムによるシグナル検出結果が、日本近海の鯨類調査の高度化に貢献することが期待される。地震波解析研究に加え、鯨類の生態解明や水産資源に関する研究への貢献も視野に入れて、共同研究やデータ利活用を進めていきたい。
元のページ ../index.html#73