1. はじめに
近い将来の発生が確実視されている南海トラフ地震、首都直下地震などに向けた事前準備と、地震後の速やかな判断・対応が行えるレジリエントな社会を実現することは喫緊の課題です。防災科学技術研究所の地震減災実験研究部門では、実際の建物の揺れの特性(動的特性)を地震により生じた揺れ(応答)から評価するアルゴリズムと、建物の地震応答を取得するとともに地震後に建物の状況を速やかに表示するための「外装材内蔵型センサ
アラートシステム」を有意な情報を作り出す技術として開発しています。2023年の2月15、17、24日に、E-ディフェンス(実大三次元震動破壊実験施設)を用いて、研究開発の成果を実証するための、「10層鉄骨造オフィス試験体による動的特性評価実験」を実施しました。
2. 実験概要
2.1 試験体
この実験では、社会経済活動の中心となる、中層のオフィスビルをターゲットに設定しました。試験体の平面形状は12.0m×8.0m、階数は10で、高さは26.9m、重量は約700トンです(図1)。試験体の骨組は鉄骨造で、一般的なオフィスビルを想定して、現行の耐震基準に従って設計しました。試験体の外観(図2)にみられるように、建物外周のほぼ全面がカーテンウォールで覆われています。外装材の設置状況を忠実に再現した実大規模の試験体を対象とする震動実験は世界初です。
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(a) 平面図 |
(b) 断面図(長辺方向) |
(c) 断面図(短辺方向) |
図1 試験体の概要図 |
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(a) 製作中の試験体 |
(b) 震動台への設置 |
図2 実大10層オフィスビル試験体 |
2.2 加振内容
震動台上に中小地震を再現して建物に損傷が生じない場合の応答を取得する実験と、大地震を再現して建物に損傷が生じる場合の応答を取得する実験を繰り返し行いました。中小地震加振には、東北地方太平洋沖地震(2011年)と熊本地震(2016年)で防災科研のK-NETにより観測された計測震度約4の余震を用いました。大地震加振では、兵庫県南部地震(1995年)で観測された地震波を用いました。
2.3 地震時における「外装材のセンサ化」と「被災の見える化」
地震による建物の揺れ(地震応答)を計測するセンサと、計測した地震応答から建物の被害状況を発光表示するためLED照明を建物の外装材と一体化した「外装材内蔵型センサアラートシステム」の研究開発を産学官共同で行い、社会実装を目指しています。
「外装材のセンサ化」では、建物の外装材であるアルミカーテンウォールにセンサを組み込み、地震応答を取得します。震動実験では、建物の変形の計測に適したセンサと地震応答データより被害状況を推定・評価する手法の実証を行いました。
「被災の見える化」では、アルミカーテンウォールに内蔵したLED照明が発光します。平常時にはLED照明を建物ファサードのライティングに使用し、地震時には建物の被災状況を即時にアラートとして発光表示します(図3)。
昼夜を問わず発生する地震による建物の被災状況を即時に見える化するシステムは、地震発生後の速やかな建物利用の可否、避難行動の判断に大きく役立つと考えられます。
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LED照明 <平常時の表示例> |
LED照明 <地震時の表示例> |
図3 アルミカーテンウォール内蔵型センサアラートシステム |
2.4 内部空間の有効活用
試験体の内部空間を有効活用する為に、共同研究実験や、外部機関への貸与を行いました。その結果、大学6件、研究機関1件、民間企業10件の合計17機関が参画し、試験体内の空間の約90%が利活用されました。試験体内部の利用状況を、図4に示します。このように、試験体内部の余剰空間を有効に活用することで、多くの研究成果を創出し、社会に展開していきます。
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図4 試験体内部の利用状況 |
3. 実験結果
図5に、4回の東北地方太平洋沖地震の余震による加振時に評価した建物の硬さ(剛性)を示します。グラフの横軸が加振の日付、縦軸が評価した剛性の値を表しています。グラフから、安定して剛性を計測、評価できていることが分かります。また、2月17日と2月24日の間に、地震による破断を模擬して、3階の長辺方向の筋交いを撤去しました。長辺方向の3階の剛性が2/17後と2/24の間で減少しており、筋交い撤去による特性の変化を捉えられています。
加振実験終了後のLEDアラートの発光を、図6に示します。この実験では、各階に生じた柱の傾きの大きさを、緑色、黄色、赤色で段階的に表示しました。建物各面の外側は現在の傾きを、その内側は地震中に生じた最大の傾きを表しています。外側のLEDは緑色に発光しており、地震後の柱はほぼ傾いていない状態に戻っている一方、内側のLEDは地震中に特に下層階の柱が大きく傾いたことを示しています。
今後、実験結果のさらなる分析を進めていきます。
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(b) 長辺方向 (Y方向) |
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(a) 短辺方向 (X方向) |
図5 各階の硬さ(剛性)の評価結果 |
図6 加振後のLED照明の発光 |
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図7 集合写真 |
謝辞
この実験の実施にあたり、地震減災実験研究部門と兵庫耐震工学研究センターの皆様、ならびにつくば本所の関連部署の方々に、多大なご支援とご協力を頂きました。また、多数の外部機関殿にご参画頂き、数多くの耐震工学上価値のある研究課題に取り組むことができました。厚くお礼を申し上げます。
文責:地震減災実験研究部門
梶原浩一、藤原淳、岸田明子、西崚汰
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