線状降水帯とは、複数の積乱雲が列状に並び、風上側で新しい積乱雲が発生しながら風下方向に移動する現象が繰り返し数時間継続することで引き起こされる集中豪雨を慣例的に指します(図1)。通常、一つの積乱雲だけでは災害は発生しません。積乱雲が次々と通過する場合、数時間持続すると数百ミリの雨がもたらされ、災害を引き起こす場合があります。線状降水帯は、数日間持続する台風とは違って、数時間程度と短寿命でありながらも記録的な大雨をもたらします。このため、台風よりも事前対応が難しく、線状降水帯に伴う大規模水害からの避難が難しいという問題があります。従って、線状降水帯の早期発生の予測精度向上は避難行動等の対応において喫緊の課題です。
線状降水帯の発生予測の成功の鍵は、風上側の積乱雲の継続的発生と強雨域の停滞を予測できるかどうかにかかっています。過去のデータから統計的に調査した研究によると、積乱雲の継続的発生および強雨域の停滞が発生するためには、積乱雲発生のエネルギー源となる水蒸気が大気下層に十分に存在する必要があると言われています。このため、本研究では様々な水蒸気観測網を展開し、得られた水蒸気観測データをリアルタイムで予測計算に取り込むことで、線状降水帯の発生危険度を診断できるシステムを開発することをめざします。
従来の水蒸気観測は1日2回全国16か所で気象庁のラジオゾンデにより実施されています。しかし、この水蒸気観測の時空間分解は、線状降水帯にとっては粗すぎます。そこで、線状降水帯の予測精度を向上させるために、私たちは最新の水蒸気観測測器を線状降水帯が多発する九州地方に整備します。
図2に示すように、洋上の水蒸気観測を可能とする航空機観測、地表付近の水蒸気の水平分布を観測できる地上デジタル放送波観測、水蒸気の鉛直積算量を高時間分解能で取得できるマイクロ波放射計観測、さらに水蒸気の高度分布を高時間分解能で取得できる水蒸気ライダー観測を行います。それぞれの観測精度と運用コストを調査し、社会実装可能なものを絞り込むことも本課題の重要なミッションの一つです。こうした水蒸気観測を予測に取り込む技術、すなわち、データ同化技術の開発にも取り組みます。データ同化手法の開発は、最新観測による予測精度向上への貢献を定量化できるだけでなく、どの程度の密度で水蒸気観測機器を整備すればよいか等の想定実験も行うことができ、最新観測技術の社会実装を進めるうえでのビジネスモデルの構築に大きく貢献します。
気象庁の警報や注意報は、線状降水帯のスケールに比べると広域に発表されています。効率的な避難のためには、実際の避難指示に対して意味のある地域区分毎に、雨量予測情報とその判断基準が同時にリアルタイムで提供される必要が有ります。この判断基準をリアルタイムで提供する「線状降水帯データベース」を構築し、「予測雨量が数十年に一度の大雨に相当しているか」、「そのような雨量が起こった場合に深刻な災害が過去に一度でも発生したかどうか」を、避難指示を発表する行政区分(具体的には学区区分)ごとの情報(格子解像度1km相当)で提供します。これらの情報を一元的に地図上に統合させ、自治体に情報提供を行う社会実験を2019年から4年間実施する予定です。
自治体のニーズを踏まえ、現在自治体で運用されている、避難勧告・避難指示の発表までのタイムラインに、新しい情報をどのように加えていけばよいかを社会実験の中で、自治体とともに、また関係省庁と連携しながら、検討を進め、新しい線状降水帯対策の在り方を提案したいと考えています。
しみず・しんご
2007年名古屋大学 博士(理学)2006年防災科学技術研究所入所。マイクロ波放射計観測網の整備、第1期SIP 豪雨竜巻対策における短時間降雨予測システムとリアルタイム客観解析システムの開発、自動積乱雲追跡アルゴリズムや積乱雲内熱力学リトリーバル法の開発等に従事。2018年研究統括に就任。水・土砂防災研究部門主任研究員。