局所発生する積乱雲を30秒で立体観測
豪雨予測1時間先まで、2020オリ・パラ活用も
国土交通省が実用化している高性能レーダ雨量計ネットワーク「XRAIN」に加えて、さらに高性能な気象レーダ「MP-PAWR」の開発・利用により、ゲリラ豪雨を早期に検知・予測し、自治体、民間企業、市民に配信することで、迅速な防災・減災対応を促す。2017 年末に完成したMP-PAWRによる観測・予測情報は、2020年オリンピック・パラリンピックにも活用が期待されている。
求められる積乱雲の早期検知網
地球温暖化にともない、近年、局地的な豪雨が頻繁に起きています。気象庁によれば、1時間50㎜以上の「非常に激しい雨」が降る頻度は、過去40年で約1.5倍に増加しており、2008年8月には東京都豊島区で下水道工事中の死亡事故が起きるなど、局地的大雨がもたらす甚大な被害が社会的問題として捉えられています。
日本では、50年以上前から大型のC バンド気象レーダにより半径数百㎞の範囲で降雨(雪)観測が行われ、防災情報として、あるいは降水予報、河川管理等のために活用されてきました。現在は気象庁、国土交通省を併せて46 台が運用されています。
さらに国土交通省が2009年から防災科研の研究成果も活用して、都市域を中心にX バンドMPレーダの整備を始め、現在では38台により全政令指定都市を、かつ全人口の90%以上をカバーするレーダ観測網を整備してきました。これにより、1分間隔で250m格子の高精度の降雨情報が利用できるようになりました。
一方で、このレーダ観測網では雨雲の3次元立体観測は5分程度の時間が必要であることから、ゲリラ豪雨や竜巻を引き起こす積乱雲が10分足らずで急発達する過程を察知するには観測時間がかかり過ぎるという課題がありました。
これに対し短時間で詳細な3次元立体観測を実現したのが「フェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)」です。このレーダを使うことで、雨雲の3次元立体観測時間を従来の10倍にあたる30秒まで短縮でき、ゲリラ豪雨などの突発的な豪雨の早期検知に道が開かれました。2012年5月に大阪大学吹田キャンパスに最初に導入され、現在までに5台が研究開発に使われています。ただし、MPレーダは依然PAWRよりも雨量の観測精度が高い等の利点があり、2つのレーダの強みを併せ持つ新たなレーダの開発が期待されていました。
最新技術駆使し1時間先予測
SIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」の豪雨・竜巻予測技術の研究開発課題において、情報通信研究機構(NICT)、首都大学東京、東芝インフラシステムズが新たに開発したのが「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)」で、2017年11月に埼玉大学キャンパスに設置されました。従来のMPレーダとPAWRの強みをハイブリッドしたこの最新鋭レーダでは、PAWRと同様に30 秒で雨雲の3次元立体構造を高速観測でき、MPレーダと同等の精度で降雨観測もできます。
この課題の中で防災科研は、国土交通省のXRAIN、2013年から独自に首都圏に整備したドップラーライダー(晴天域の気流観測)、マイクロ波放射計(水蒸気観測)、雲レーダ(降雨開始前の雲観測)、X バンドMPレーダ(降雨観測)からなる「積乱雲観測システム」に、開発されたMP-PAWRを組み合わせて、積乱雲の一生を観測し、観測データを利用してゲリラ豪雨や強風、竜巻危険度を予測する体制を整えました。
MP-PAWRの高速高精度で隙間のない立体観測ができる機能を活用し、「鉛直積算雨水量」を使ったゲリラ豪雨の直前(10~30分前)予測や、竜巻危険度予測を市町村単位まで絞り込む技術開発を進めてきました。また、これらの観測データを数値気象モデルにデータ同化することで、ゲリラ豪雨の予測時間を1時間先まで延ばす取り組みも行っています。
首都圏で優れた防災力実証へ
MP-PAWRの観測情報はSIP 4Dを通して、府省庁だけでなく自治体でも利用できるようになる見通しです。豪雨・竜巻予測技術の研究開発課題には、国土技術政策総合研究所、鉄道総合技術研究所も参画しており、開発した観測・予測情報によって、自治体では下水ポンプの早期稼働、公園来場者の早期避難、早期の浸水対策が可能となり、民間企業でも、建設現場の高所作業の実施判断、地下街の止水板の設置、鉄道の運転規制判断や列車停止位置・乗客避難誘導支援が可能になることが期待されます。2020年のオリンピック・パラリンピックでは、競技の実施判断や来場者の避難誘導に活用されることを目指しています。
2015年には市民2000人を対象に、MPレーダ(XRAIN)を用いた5分間隔、500m格子単位のゲリラ豪雨予測情報をメール配信する実証実験を行い、防災と通勤通学等の日常生活の両面で有効で、約90%の利用者から「(いくらか)役に立つ」と評価されました。防災科研と日本気象協会は、2018年夏にもモニターを募集し、最新のMP-PAWR データを使って「30分先までの大雨情報」社会実験を行う予定です。MP-PAWRの高速高精度観測を活用した1分間隔、250m格子の予測によって天気の急変に素早く対応するとともに、3年前はフィーチャーフォン(従来型携帯電話)を前提にしたテキストメールによる通知のみでしたが、今回はスマートフォンの利用を前提に、予測情報を地図に重ね合わせて表示し、視覚的に伝わりやすい情報提供を予定しています。
- 気象災害軽減イノベーションセンター 副センター長
(兼)水・土砂防災研究部門 総括主任研究員
(兼)レジリエント防災・減災研究推進センター 研究統括
岩波 越(いわなみ・こゆる) - 1991年北海道大学大学院理学研究科博士後期課程修了・中退。
理学博士。同年防災科学技術研究所(長岡雪氷防災実験研究所)入所。科学技術庁勤務を経て1998年つくばへ異動。XバンドMPレーダーの開発導入、国土交通省に技術移転した降雨強度推定手法等の開発、先端的気象レーダーを用いた極端気象の観測・予測研究に従事。2016年より現職。