令和元年度成果発表会 特別対談
避難 〜災害を乗り越えるための行動をどう促していくか〜
2020年2月13日に開催された、令和元年度成果発表会の第3部では「避難〜災害を乗り越えるための行動をどう促していくか」をメインテーマに、特別ゲストコメンテーターとしてお迎えした池上彰氏と林春男理事長の対談が行われました。
対談に先立つ第1部では、防災科研の研究者6名が「災害を知る、備える、行動する」の観点から研究成果を発表しました。第2部では146枚の研究成果ポスター発表を行いました。当日会場は約1000名を越える行政や教育に携わる方々を中心に満席となりました。
研究成果発表に見た防災研究の可能性
池上 彰 氏)<以下 敬称略>
会場内のポスターでの研究成果発表を見ると、実に役に立ちそうだなと感じるものが多くありました。
最近の経済産業省が好きな言葉で“社会実装化”という言葉がありますが、発表されたようなプロダクトを社会でどう活かしていくのか、そのつなぎ役、橋渡し役が、これからの課題かなと思いながら見ていました。
林 春男 理事長)<以下 敬称略>
そうですね。私たちが扱うのは、情報プロダクツ、いわば情報面での商品みたいなものですが、日々その有効性を高める努力をさせていただいています。いちばん大きな課題は、プロダクツをどうやってアクションに結び付けるか、どう届けるかが難しいということです。
池上さん、本日の第1部の6つ研究成果発表については、いかがでしたでしょうか。
池上)
“情報を集める”という視点の研究発表もありましたが、情報は地方自治体に集めてこそ、はじめて警戒を呼びかけることができるんですよね。しかしよく考えると、大雨などの混乱が起きている時に、人員が限られる地方自治体にその情報を伝える人材がいるのか? たとえば防災科研から入ってくる情報をもとに、早めの対策をとるための情報を送るという行為は一体誰がやるのか? それぞれの市町村にいち早く応援人員が行くべきなど、そのあたりの問題提起があってもいいと思います。
林)
取出新吾(とりで しんご)さんから発表のあったISUT(Information Support Team)は、まさに国から都道府県に出向いて支援をする仕組みです。現場に近いところへ、後方の支援が出ていく。その点では、少しずつ情報を伝える試みがスタートしていると言えますね。
池上)
これだけの研究成果ですから、ぜひ各自治体に広く伝えて、共同で何ができるのか、情報をどう送りあったらいいのかを、一つひとつやっていただけたらと思います。
林)
その点では、防災科研としてもWEBシステムの考え方を大切にしています。
古いシステムではクライアントサーバー型で、一つのシステムのなかに閉じていましたし、市町村に端末が一台しかなく、その端末でしか情報を入力できないことも多いのです。しかしそれではダメで、現場に情報が生まれるのだから、そこに入力の仕組みがないといけないのです。
全部の情報機器が入力端末になり得る仕組みづくりが大切になってくるはずです。
池上)
昔は、それぞれの自治体に高性能のパソコンを配備して…という感じだったんですが、今ではスマホのアプリでいくらでもできるわけです。それぞれの地方自治体レベルで、簡単に情報を送受できるアプリがあると、すごく安いコストで全国に広がると思います。
林)
ぜひそこを目指したいですね。そのなかで共有される情報やデータの標準化が非常に重要だと思います。様式の標準化についても防災科研で研究をさせていただいているところです。
池上)
色々な防災情報があるなかで、多くの人にどうやって理解してもらうか。専門家の方にしてみればすぐ理解できる内容かもしれないが、実際には素人の方に説明しなければいけない場面も多いと思いますからね。
集まる防災情報を、確かに現場に届けるために
池上)
私は、NHKの社会部時代に災害班にいたことがあります。日頃から、どのような災害が考えられるかを取材するため、気象庁や東大の地震研究所をまわりながら、災害が起きれば真っ先に現場に出向きました。風災害、地震、津波、全島避難後のみんなが避難した後の伊豆大島に渡りましたし、日本海中部地震の津波で亡くなった子供達の遺体収容にも立ち会っています。その子供達の遺体の顔を今でも忘れることができません。その経験から災害時にどうすれば被害を無くすことができるかをずっと考えてきました。
せっかく防災科研のような良い研究があるのだから、それを生かして、けが人や死者が出ないように、そんな取り組みに少しでも協力したいなと思っています。
林)
そういう意識改革をしていこうと思うと、社会との双方向のコミュニケーションが大事だと思いますが、池上さんは東工大のリベラルアーツ研究教育院で特命教授をされておられる。日頃、理系の学生たちにされているアドバイスがあれば教えてください。
池上)
東工大の生徒はとても優秀で、平易な言葉に言い換えなくても全部理解できるわけです。しかし、専門用語ばかり使っていると、専門外の人には伝わらない。そのまま社会に出た後、どうなってしまうのかという思いがありました。授業のなかでは、たとえば戦後の四大公害の水俣病を取り上げ、「もしあのとき、あなたが技術者として働いていて、どうもあやしいと思った時に、あなたはどう行動できるか?」と問いかけます。そんな授業を繰り返していると少しずつ「世のため人のためになる仕事をしたい」という学生が随分出てきました。
研究者はどうしても興味関心があるところに一生懸命になって、報告を出せばなんとなく終わりという気になってしまうのですが、やっぱりその研究が世の中のためになって、その結果人の命が助かったということになれば、さらにうれしいですよね。「この研究があれば誰かの命を助けることができるんだ」という問題意識を常に持って研究してほしいなと思います。
授業でも、自分のやっていることが世のため、人のためになるのかならないのか? という問題意識を持ってほしいとずっと言っています。また、卒業生を対象にゼミのような読書会をボランティアでやっていて、そこでは慣れ親しんだ英語の論文でなく、社会科学、人文科学、小説、哲学、など幅広い本を題材にします。そうすると「この社会学のエビデンスの提示がないですね」などという意見がでるんです(笑)。文系と理系を、どう融合して、橋渡しできるのかを日々やっていますね。
林)
防災という分野は特に、世のため、人のためを考えられる分野でもあります。いま池上さんに言っていただいた「世のため人のためになるのか、常に考える」というのは、今日来ている防災科研の研究者にとっても強いメッセージになると思いますね。
防災研究には現場に寄り添う心が必要
池上)
ぜひ研究者の方にお願いしたいのは、パソコンに向かってデータの処理ばかりしていると現場のことを忘れがちになるんですね。広島の土砂崩れ災害では、すべて流されてしまった映像だけを見て「なんでこんなところに住んでいるんだろう?」と思いがちです。しかし、現場は広島の中心部からほど近く、そして住宅の価格がそんなに高くない場所で、マイホームを持ちたくなる手頃な立地なんですよね。そういった方々の気持ち、被害に遭った方やその遺族がどのように嘆き悲しんでいるのかを忘れないでほしいと思うんですね。災害があったら、できればそこを訪ね歩いて、なんでこんなことになっちゃったんだろうか、二度とこんなことが起きないように自分の研究がどのように役に立つのだろうか、と考える時間をとってほしいと思いますね。
林)
これは少し防災科研の自慢になりますが、熊本地震が起きた時、ちょうど今日の成果発表でも紹介されたSIP4D(基盤的防災情報流通ネットワーク)が始まった頃で、すべての研究部門が総力を挙げてお手伝いをさせていただきました。その後も毎年のように大きな災害が起こったこともあり、SIP4Dの開発が進み、ISUT(Information Support Team)という内閣府の情報の収集・集約・発信のお手伝いをする体制づくりまで構築しています。そこでは所員が被災地まで行かせていただいて、大変貴重な経験を積ませてもらっているところです。
池上)
熊本地震の現場で感じたのは、テレビのニュースだけを見ていると、熊本全域にものすごい被害があるかのように見えるのですが、実際に現地に行ってみると、被害が大きい地域のすぐ横がまったく被害がないこともありました。被害が局所的になっているわけですよね。これもやはり、なるべくとにかく現場に足を運ぶこと、現場を見てこそなんだなと、言いたいですよね。
過去の避難の混乱を未来への教訓に
林)
今回は、「避難~災害を乗り越えるための行動をどう促していくか~」ということをメインテーマにしました。
なぜ“避難”を取り上げたかと言いますと、昨年、防災情報の警戒レベルが5つにレベル化されました。先行事例として火山の噴火警戒レベルがありますが、個人的にはこのレベル化が進んだことはとても良いと思っています。しかし、一方で2019年はこの警戒レベルと防災気象情報が、社会の混乱を引き起こしたような側面もあったと思います。
池上)
私もレベル化はとてもいいと思いますが、テレビでそれぞれの警戒レベルでこうなっています、と説明してもなかなか誰もがパッと見て理解できる表現になっていなくて、一回見ればすぐに理解できるような、そんな工夫がないんだろうかとずっと思っていました。
林)
そうですね。レベルが分かれているわりに、行動のオプションがないんですよね。実際にアクションとしては2~4までの3段階しかありません。そうすると注意報、警報、特別警報と大差なくなってしまう。一応レベルごとの色はISOに準拠されていて、赤から緑までの色で示し、人命に危険が及ぶ時は薄い紫・濃い紫と、文字を読まなくてもレベルを感じてもらえることを狙っているのだと思いますが、実際にはいろいろと混乱が起こりました。
2019年7月の鹿児島集中豪雨では、宮崎県と鹿児島県を対象に約100万人に、避難勧告・指示が出ました。ところが、避難所には2,000人足らずしか避難しませんでした。これを評して「人は逃げない」というようなコメントが多くなされました。
池上)
当時そういったニュースが多く流れましたね。
林)
その報道もあってか、逆に台風19号では、みんなが避難するようになりました。多数の市民がやってきて避難所が満杯になったり、避難所に入れない人まで出ました。むしろ避難するべき川に近い人が避難所から遠くて、避難所に来るのが遅くなってしまった。人が右往左往してしまった印象があります。
池上)
そうでしたね。台風19号では「避難指示が出たら避難しなければいけないんだ」と義務感で動いた印象があります。しかし、実は家にいたほう安全だったという人もいました。雨が降っているなかで避難して、川に流されたという映像もありましたよね。そして、途中から「垂直避難もあります」「二階に逃げるだけでもいいんですよ」と、メディアの紹介の仕方も変わりましたけれど。そもそも避難指示と避難勧告の違いも分からず、避難指示なんだから避難しなきゃいけないんだとむしろ危険な行動をとった人もいる、その意味では本当に混乱していたなと。この点ではメディアも「どのように伝えたらいいんだ…」と悩んでいます。“避難”という言葉が、人によって受け取り方が違うということなんですよね。
日本では2つの“避難”が混在している
林)
その“避難”の受け取り方の問題が、今日一番お話ししたかった点です。
日本語の“避難”には、Evacuationという“いのちを守るための避難”と、Shelteringという“避難所での生活”との2つの意味が含まれていて、本来2つの意味は全然違うんですね。僕ら日本人に馴染みがある“避難”はShelteringに近いと思います。Evacuationが意味する“避難”は、避難場所のマークに代表されるような大規模火災からの避難を想定しています。関東大震災を教訓にして生まれて、広域避難場所、緊急避難場所と言ったりしていますね。一方でShelteringの方は、体育館のような空間にたくさんの人が仮住まいをするような状況を指しています。これは阪神淡路大震災を契機に生まれた現象ですね。あの時は、約32万人が最長7ヶ月にわたって1,000箇所の避難所で生活しました。そのように“避難”という言葉は、時代によってEvacuationを指したりShelteringを指したりしています。防災学者と言われている人でさえ、2つの意味を混在させて避難と呼んでいる実態があります。自治体によっては、これまで避難所として指定してきたところを一括変換で緊急避難場所にしてしまったところもあります。これは非常に無謀な決定だと思います。
池上)
避難場所というのがあくまで一時的なものであるなら、一時(いっとき)避難場所とか。避難所は、避難生活所などと言い換えるだけでも随分誤解が防げると思います。
林)
内閣府防災担当から発行されている警戒レベルに関するチラシでさえ、「警戒レベル4で全員避難」と書いてあります。Evacuation to shelters、なにより避難所に行かないといけないと思わせてしまっているわけです。本来であれば「警戒レベル4で安全確保」にならないといけないんです。避難のタイミングをお知らせするのではなく、安全確保のタイミングを知らせる。まずは自分自身で安全確保を考える、何が安全かは置かれている状況、健康状態、自然の脅威の種類によっても違うんです。安全確保を一生懸命自分たちで考えなければいけないんですね。
池上)
「警戒レベル4で安全確保」という表現は分かりやすいですね。
林)
そして避難には3つのタイミングがあるんです。たとえば、まず怖くなって自宅の二階に逃げる。次に「いつまでもこんなところにいたら危ないよね」といって避難所へ移動する。そして、いつ避難所から家に戻るかです。避難は1回で決まるのではなくて、この3つを的確に判断することが安全確保につながるんです。その時々の状況に応じて安全を確保していくことが大切です。
学校教育における防災教育が本格始動
林)
春から文部科学省による新しい指導要領が順次開始されていくことになっていますが、防災教育についてすごく画期的なことをやってくれました。これまでは「防災教育をやりましょう」と、いわばお題目を唱えているだけでしたが、新しい指導要領の別表で、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校で、教えるべき防災教育の内容を全部具体的にしたんです。災害を「知る」「備える」「行動できる」、この3つについて、学年ごとにこういうことを学びなさいと明示されるようになります。たとえば、災害を知るということでは、地域の連携やライフライン、安全設備などを各学年さまざまな教科で学んでいきます。備えについては、道徳で心構えを学び、体育で体づくりやけがの対処も覚える。いわば鍛錬に近い。行動については、総合の時間や、学級活動、学校行事など、各学年を通してずっと鍛え続けます。
ーー対談の中では、会場からの意見や質問をリアルタイムに集められるWEBサービス(sli.do)を活用して、お二人がそれらに回答する場面もありました。
会場からの意見・質問(1)
自治体職員の数と質の不足はホントに課題です。国や県では市町村の『わからないこと』を理解できていないので支援できていない現状です。市町村職員を助けてください。また国や県からの調査報告物に市町村が翻弄されています。
林)
これから本当にやっていかなければならないのは、市町村の災害業務を低減できるような情報システムの整備です。集められた情報を都道府県のトップが見て、すぐに意思決定に使えるような仕組みをつくっていかなければなりません。クライアントサーバー型のように、いったん真ん中に情報を集めて末端へ、という発想は変えていかなければいけないだろうと思います。そのなかでフェイクニュースは大きな問題ですが、しっかりスクリーニングして、間違った情報や悪意がある情報を取り除くこともできます。
池上)
作為のあるフェイク情報を見つけることに取り組んでいる団体もありますからね、そういう団体と連携を取り合うなどして、少しでも不安材料を削除したいですよね。
会場からの意見・質問(2)
避難=避難所に行くということではないこと、もっと広めないといけないと思います。避難でなく安全確保がポピュラーになると多義性が和らぎそうです。
林)
これは本当に無駄なこと、みんなのエネルギーを消費していることなので、みなさんもご協力いただきたいですね。安全確保をどうすればできるか、という情報を防災科研も伝えるお手伝いをしています。みなさんにその情報を届けられるようにしたいです。ぜひみなさんも一緒に考えていただければと思います。
池上)
これはメディアにいる人間も心がけないといけないことだと思いますね。
会場からの意見・質問(3)
ISUT(Information Support Team)の情報はなぜ県庁に集約されるのでしょうか?
林)
それは(市町村に)物理的なキャパシティーが少ないからです。市町村の情報は確かに大事です。しかし、これからは市町村の災害対応業務の効率化・省力化になるようにICTを使っていかないといけない。そのためには、ネットワーク化された情報を見えるようにするだけでなく、県庁や国に集約して、市町村へ支援情報として届く仕組みをつくる必要があるんです。
池上)
市町村レベルで高齢者などの情報弱者にどう伝えるかという点では、いま市町村合併により疲弊していて市町村が弱者になっている問題が実はあると思います。特に広域合併した結果、非常に広いエリアを少ない専門家でみなければいけないですね。
林)
市町村合併した時は、中心市街地ではなく、合併した周辺地域で被害が大きくなることが多いですよね。
池上)
そうですよね。だからそういうことも含めて情報の届け方を考えてほしいなと思います。
防災科研の人にはぜひ災害現場に足を運んでほしいと話しをしましたが、さらに市町村との連携というところで言うと、東京やつくばにいるだけでは分からない。過疎地域で広域合併したところがどんな状態になっているかを知った上で、いろんなことを構想して欲しいと思います。
新しい学びを防災研究の未来へ
池上)
最後にひとこと言わせていただきますと、防災科研の方々は自分の好きな研究ができている、その好きな研究がなぜできているのかという原点について考えていただきたいですし、今日は大学の関係者や行政機関の方が大勢いらっしゃいますよね。そういう人たちにとって、世のため人のためってどういうことなんだろうかと。本日の防災科研の発表を見て「こんなところに宝の山があるんだ」ということに今まで気が付かなかったが、今後はそれをどう生かしていくのかってことをぜひ考えていただきたいなと思います。
私は私で「こんな研究があるんだ」と学びになりましたから、今後大きな災害が起きた時に、私は視聴者に向かって何を言えばいいのかっていうことを非常に考えさせられました。これをきっかけに、みなさんにもそれぞれ考えていただければと思います。
林)
池上さん、本日はありがとうございました。さらに防災力を上げていくためには、防災情報プロダクツを介した双方向のコミュニケーションが必須だと思いますし、その品質の向上・プロダクツの多様化について、今後も努力をしてまいりたいと思っていますので、引き続き防災科研へのご支援を賜れればと思います。
令和元年度成果発表会 2020.2.13
- 防災科学技術研究所 理事長 林 春男
特別ゲストコメンテーター 池上 彰
