お知らせ
“台風の眼”に測器投下、取得データの高精度を実証 ~世界各国の数値予報で活用、台風観測が大きく前進~
名古屋大学
明星電気株式会社
国立研究開発法人防災科学技術研究所
本研究のポイント
- 名古屋大学は、日本では初めての航空機から投下する気象測器を開発
- 独自の投下型検証システムを用いて、この気象測器が高度10km以上の高高度から地表付近まで、気温や風のプロファイルを高い精度で測定することを確認
- 2024年10月9ー10日、この測器を用いて航空機観測を実施、測定値を世界に配信
研究概要
台風は、大きな災害を引き起こす最大の自然の脅威です。しかし、台風は生涯の大半を陸地からはるか離れた海上で過ごすため観測が難しく、その発生・発達メカニズムの理解は不十分なままです。そこで、名古屋大学宇宙地球環境研究所 坪木 和久 教授が航空機観測プロジェクトを立ち上げて、日本国内で唯一の台風の航空機観測を実施しています。
名古屋大学宇宙地球環境研究所の金田 幸恵 特任准教授らは、明星電気株式会社、国立研究開発法人防災科学技術研究所の共同研究グループとともに、この航空機観測のために投下型気象測器を日本では初めて開発。その性能を独自の投下型検証システム(図2)を用いて2024年3月に検証実験し、定量的に評価しました。その結果、この気象測器が気象庁の高層気象観測で用いられている気象測器とほぼ同等の気温と風を測定できることを明らかにしました。
2024年10月には台風第19号を対象にこの気象測器の最新型を用いた航空機観測が実施され、測定値が世界気象機関の全球通信システムを介して世界中に配信され、世界各国の気象機関の数値予報システムに組み込まれました。台風の中心付近の測定値を得ることで台風の進路や強度の予測精度の一層の向上が期待されます。
本研究成果は、2024年10月24日付日本気象学会の国際論文誌『Scientific Online Letters on the Atmosphere』に早期公開されました。

研究背景と内容
台風は洋上で発生・発達する上、強い風雨を伴うため、観測手段がほとんどありません。この問題を解決する方法の一つに航空機観測があります。航空機観測のスタイルにはいろいろありますが、本研究グループが採用しているのは、小型ジェット機で台風の中心付近の高度14km付近を飛行しながら、台風の眼や壁雲に気象測器を投下する世界的にも前例の少ない方式です(図1)。この方式を用いれば、台風の眼を含む中心付近の気温・風・湿度の鉛直プロファイルを高度10km以上の高高度から海面まで、つまり台風のほぼ全層にわたって測定することができます。このときに航空機から投下する気象測器が「ドロップゾンデ 注1)」です。本研究グループでは、この航空機観測のために航空機投下型気象測器「ドロップゾンデ」を日本では初めて開発し、その性能を検証しました。
投下型気象測器の性能を検証するには、高度10km以上の高高度からこの気象測器を投下しなければならないため、技術的に非常に難しく、前例はほぼありません。そこで、本研究では独自に投下型検証システムを開発して検証を行いました(図2)。まず、気象観測用の気球に本研究グループが開発した気象測器ドロップゾンデを取りつけます。このとき気象庁が現業の高層気象観測に用いており性能が保証されている気象測器ラジオゾンデ 注2)を一緒に吊るします。気球と二つの気象測器の間にはタイマー付きカッターを入れておきます。この検証システムを地上から飛揚して高度10km以上に到達したころ、タイマーが作動して測器が気球から切り離されて落下します。測器が降下しながら測定した値は、ただちに無線で地上に送信されます。このときドロップゾンデで得られた測定値をラジオゾンデで得られた測定値と比較することで性能を検証することができます。その結果、ラジオゾンデの測定値と比較して、ドロップゾンデの測定値の誤差は最大でも気温は1度以内、風は2m/s以内に収まるという高い性能を確認しました。湿度については乾燥傾向がみられたため、改善に取り組んでいるところです。
成果の意義
本研究で用いた航空機観測のための降下型気象測器「ドロップゾンデ」は、名古屋大学と明星電気株式会社が共同で日本では初めて開発した純国産の気象観測測器です。2024年10月9日および10日には、台風第19号を対象にこの気象測器の最新型を用いた航空機観測が実施されました(図3)。得られた測定値は機上からただちに世界に伝送され、気象庁やヨーロッパ中期予報センターといった世界の気象機関の予報システムに組み込まれました。台風が発生・発達し、エネルギーを蓄える日本の南海上は観測の空白域です。今回の航空機観測では、衛星観測や数値モデルでは難しい上層の乾いた空気の層が、測器によって捉えられており、この乾燥域が台風第19号の発達を阻害した可能性が指摘されています。このように高高度を飛行するジェット機から観測測器を投下して観測の空白域を埋めることで、台風の進路や強度予測への貢献が大いに期待されます。

左下:本研究グループで開発・検証した投下型気象測器ドロップゾンデ。
右:最新版のドロップゾンデを用いて2024年10月9-10日に実施した航空機観測中の台風第19号の眼の中の風景。

左上:ゾンデ投下機。左下:タイマー付きカッター。右:投下型検証システムの全体図。

左:フライトパス(上:1日目、下:2日目)。水色のマークで測器の投下地点を示した。
右:航空機から投下した測器で測定した気温・湿度・風の一例。右下の赤丸はこの測器の投下位置。
本研究は、2021年度から始まったJSPS科研費(S)21H04992『航空機観測によるスーパー台風の力学的・熱力学的構造と強化プロセスの解明(研究代表者:坪木和久)』の支援のもとで行われたものです。
- 用語説明
-
注1)ドロップゾンデ:
上空から投下され落下しながら上空大気の気温・風・湿度などを測定し、測定値を無線で地上に送信する気象測器。ラジオゾンデの投下版。おもに航空機から投下され、航空機の飛行高度以下の大気の状態を測定する。注2)ラジオゾンデ:
気球に取り付けて飛揚し、上空大気の気温・風・湿度などを測定し、測定値を無線で地上に送信する気象測器。基本的に陸上の放球所から飛ばすため、観測範囲は限られている。
- 論文情報
-
雑誌名:SOLA
論文タイトル:Evaluation of newly developed dropsonde for aircraft observation
著者:Sachie Kanada, Masaya Kato, Kazuhisa Tsuboki
以上、名古屋大学宇宙地球環境研究所
Asuka Yoshimura, Yusuke Goto, Kanna Tsukagoshi
以上、名古屋大学
Kensaku Shimizu, Risa Nozawa
以上、明星電気株式会社
Tadayasu Ohigashi(防災科学技術研究所), Soichiro Hirano(京都大学)
DOI: 10.2151/sola.2024-050